伊福部昭 生誕100年へのメッセージ(12)
本日の伊福部昭百年紀で99年祭のCDが先行発売される池田慈さんです!
伊福部昭の音楽と私 池田慈(ピアニスト)
2010年5月1日の《奏楽堂の響き3》のための練習で、リベラ・ウインド・シンフォニーさんと一緒に《わんぱく王子の大蛇退治》の『アメノウズメの踊り』を合わせたときが、私にとっての初めての伊福部昭だった。
あの感動は忘れられない。私は音源を聞いてすっかり、この曲に魅了されてしまった。西洋の楽器を使って、和、しかも古代の日本をあれほど巧みに表現することができる作曲家がいるなんて。そしてなんとも艶かしく、どことなく土着的で、頭から離れなくなるようなとても魅力的な音楽だった。
その翌年の11月、留学先だったモスクワを再度訪れた時、ロシア人の友人に「一緒に日本映画を見よう」と誘ってもらった企画でたまたま上演されたのが、ゴジラだった。ゴジラはロシア人にも人気で、この映画を見たことが無かった私は、「怪獣が現れて街をめちゃめちゃにする」くらいの認識しかなかったのだが、初めてまともにゴジラを見た私は衝撃を受けた。この年の3月に東日本大震災が起き、フクシマの原子力発電所が大問題になっていた時期だったこともあり、この作品は大きな意味を持って響いた。人間が欲にかられ作り出した核によって生まれたゴジラが、現代の私たちの犯してしまった取り返しのつかない過ちへの警鐘をならす、この60年も前の作品が現代の問題として蘇り、伊福部昭の音楽はこの時を予見していたかのごとく生々しく、真にせまる恐怖を与えてきたのだ。
この体験がきっかけで、後に西耕一さんから、伊福部昭の「マルシュ・トゥリヨンファル」のピアノリダクション(今井聰編曲)の初演と、「SF交響ファンタジー第一番ピアノ独奏版」(石丸基司編曲)の演奏のお話を頂いたとき、何か運命的なものを感じた。
伊福部昭=ゴジラ、ゴジラ=怪獣映画、怪獣映画=なんだか苦手、という以前の私のような認識を持っている若者も多いかと思うが、これをきっかけにその様な偏見を無くし、伊福部昭の音楽の魅力を再発信することに微力ながら貢献したいと思い、お引き受けした。
伊福部昭の音楽はロシアの作曲家のように重厚で壮大で、そして土着的なリズム感があるように思う。広大な大地のエネルギーを感じる。そのような音楽をピアノ一台で表現するというのは無謀だとさえ思った。しかしピアノという楽器の可能性を最大限に引き出し、音楽のもつ性格も保持した見事な編曲によって、先述の2曲を2013年5月伊福部昭白寿コンサートにて演奏させていただくことができた。伊福部昭の残した音楽に私のエネルギーをぶつけ、後は夢中になって演奏した。
その他にも大好きな『アメノウズメの踊り』や、『リトミカ・オスティナータ』を、ユニークな現代風アレンジで演奏したり、『ラウダ・コンチェルタータ』を素晴らしい共演者とご一緒させていただき、伊福部昭からバトンを受け継いだ様々なお弟子さんたちの作品を演奏させていただくという様々な栄誉にあずかった。
今回の伊福部昭生誕100周年をきっかけに様々な音楽家が伊福部昭の音楽のもとに団結し、たくさんのお祝いコンサートが開かれ、新たな伊福部センセーションを巻き起こしている。これを機にロシアでも伊福部昭という偉大な日本の作曲家を伝え広めていきたい。
池田慈(ピアニスト)
http://www.guerchy.com/profile.html
2001年 愛媛大学教育学部芸術文化課程音楽文化コース入学。
2003年 ロシア、グネーシン音楽アカデミーピアノ科入学。
故・細田淑子先生の紹介で、タチヤナ・ゼリクマン先生のクラスに入る。
2006年 修士課程で赤のディプロマ取得。
2007年 グネーシン音楽アカデミー内でソロコンサートを開催。
2008年 グネーシン音楽アカデミーピアノ科卒業。
2009年 サンクトペテルブルクにて、
第11回マリア・ユーディナ国際ピアノコンクール大人の部第二位。
グネーシン音楽内で二度目のソロコンサート。
イタリア、セッティモ州にて第一回セッティモ国際ピアノコンクール第三位。
2010年 モスクワのヤマハホールにて帰国コンサート開催。
これまでピアノを、清水令子、西園寺矩子、大空佳穂里、森山伸、高野耀子、
タチヤナ・ゼリクマン各氏に習う。
ゼリクマン先生のクラスでは、これまでコンスタンチン・リフシッツ、
アレクサンドル・コブリン、コンスタンチン・シャムライ、ダニイル・トリフォノフら、
世界的なピアニストが学ぶ。
ロシア留学の経験を生かして、心に残るような極上なパフォーマンスが出来れば幸いです。